ステルス

部屋のテーブルにはタブレット状の薬が散らばっていた。

ケミカルな空気の散乱。

空になったポカリスエットのボトルと、置き去りのグラスが数個。

透明なグラスは洗われることを望んでいたが、それが与えられることもなくただ空虚しく光っていた。

閉め切られた窓に、風にゆれることのないカーテン。抜け殻のような部屋。

 

「あー。重い。」その日はやけに身体が重かった。

なんでこんなに身体が重いのだろう。まるで全身を流れる血液から、大切な要素が抽出されて、残った赤い水溶液だけが戻されたかのように、身体からエネルギーというものがごっそりなくなっていた。

 

 

昨日の仕事を終えたあたりから、うっすらとその重い影の気配を感じ取ってはいた。

僕は年間を通してもほとんど体調を崩さないので、身体はその乱れに対してとても敏感に察知するようにできていた。

今は仕事も忙しくなるべく穴は空けたくなかった。こういう時は、水分をよく取って薬を飲んで寝てしまうのがいい。

病院は嫌いだった。その性格から、体調が悪くなりそうな時は重症化する前に、市販の薬を飲んで対処するようにしていた。そうしていれば、そんなに苦しくもならずにやり過ごすことができたのだ。

 

今回もそうやってやり過ごすことができる予定だった。その自信があった。

しかし朝起きてみると、あの影が消えていないことに気が付いた。消えていないどころか少し大きくなっている気がした。身体が少し熱っぽい。しかし、仕事に穴を空けるわけにはいかないのだ。

これくらいなら十分に仕事できるだろうと思って出社した。

実際に出社して仕事をしてしまえば、僕に憑きまとっていたあの影のことなんて忘れてしまった。体調不良なんてそんなものだ。

無事に一日の仕事をやり終えて家に帰る。

帰りの車の中で、仕事疲れもあって運転をしながら少し意識がぼーっとした。

会社から家まではほんの十五分程度である。たいした道のりでもない、家に着くのはすぐだった。

車を降りてキーを閉める。アパートの二階の部屋まで足取りは少し重たかった。

部屋の鍵を開けて中に入る。鞄を床に投げ出し、ソファに倒れ込んだ。

すごく疲れていた。身体の重さ、頭を駆け巡る不快な鈍痛。静かな部屋にいるはずなのに、静かすぎて耳が痛かった。

気を紛らわせるために、リモコンでテレビをつける。

 

北朝鮮の度重なるミサイル発射を牽制するため、米韓合同の軍事演習が行われました。」

夕方のニュース番組だ。

北朝鮮のミサイル実験が度重なり、メディアはここ連日ずっと北朝鮮の話題である。

 

「また一方、ロシアではステルス機を使用しての軍事演習が行われ、この動きには過熱するアメリカの軍事演習を牽制する狙いがあるとしています。」

「それでは次に、明日のお天気を観ていきましょう。」

 

 

ステルス... ステルス... ステルス...。

頭の中でこの単語が何度も何度も現れては消えていくを繰り返している。

僕の身体の中ですでに隠れた戦闘機が攻撃を開始しているような気がした。

捉えることのできない侵略者として。